第3章

及ばねえよ! 高校二年生が性に開放的とか言ってんじゃね

え!」

「まあしかし、ことここに至れば仕方あるまい。気は進まないが、乗り乗りかかった船だ」

「ノリノリなんじゃねえかよ!」

ふと、神原の格好を見る。

ジーンズにTシャツ、長袖のアウター。高級そうなスニーカー。日差しが強くなってきたと

いうこともあってか、頭には野球帽をかぶっていて、それがこのスポーツ少女にはやけに似合

うが、しかしそれはまあいいとして。

「長袖長ズボンで來いって言ったのは、一応、守ってるみたいだが……」

しかし。

そのジーンズはお灑落にもあちこちが破れているものだったし、Tシャツは丈が短くて、神

原のくびれたウエストが惜しげなく曬されていた。過激というか、なんというか……無論、日

曜日にどんな格好をしようとも、それは個人個人の自由なのだけれど……。

「……本當に何も聞いていなかったんだな、お前」

「何がだ」

「僕ら、これから山に行くんだけど」

「山? 山で行為に及ぶのか」

「及ばない」

「ふむ、なかなか野性的で悪くないな。阿良々木先輩もなかなかどうして男らしい。私も亂暴

にされるのは嫌いじゃないぞ」

「及ばねえっつってんだろ! 聞けよ!」

長袖長ズボンで來いというのは、山中で、蟲やら蛇やらに対する用心だって、ちゃんと説明

したはずなんだけどな……。それなのに、そんな隙間だらけの服じゃ、あまり意味がないよう

な……。

かし

しゃれ

さら むろん

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「まあよい。阿良々木先輩が行く場所であれば、私はどこにでもついていくだけだ。阿良々木

先輩についてくるなと言われようともな。たとえ火の中水の中、木の中だって金の中だって土

の中だって、お構いなしだ」

「金の中っていうのは、あんまり苦しくなさそうだけどな……」

むしろ楽しそうだ。

しかし、昨日、神原の家に電話を掛けた段階でも、生返事というか、むしろそんなことばか

り言って(『行き先など聞くまでもない。阿良々木先輩の向かう方向が、私にとっていつでも

指針だ』とか)、僕の話を一向に聞こうとしなかったし……こいつの思い込みの激しさは、一

種、感心さえしてしまうとこうがある。羽川とは違う種類の、思い込みの激しさだ。視界が狹

いというか、真っ直ぐにしかものが見れないのかもしれない。

「とにかく、デートじゃないから」

「そうか、デートではないのか……私はてっきりそうだと思って、気合を入れてきたのだが」

「気合?」

「うん。何と言っても生まれて初めての、異性とのデートだからな」

「そうか、初めてのデートのつもりだったのか」


『異性との』はスルー。

突っ込みにくいから。

「どのくらい気合を入れてきたかと言えば、これまでの人生十七年間、主義として決して持た

ないと堅く誓っていた攜帯電話を、今日のために購入したほどだ」

「…………」

……重っ!

「萬一、阿良々木先輩とはぐれてしまい、連絡が取れなくなっては最悪だからな。公衆電話の

數もすっかり減ってしまったこの世の中、攜帯電話はデートに必攜のツールだろう」

「ま、まあ……そうだな。は、はは、この辺りは田舎だから、公衆電話も結構、生き殘ってる

けどさ……」

「更に言うと、四時起きでお弁當を作ってきた。阿良々木先輩の分と私の分、両方だ。待ち合

わせが十一時だから、阿良々木先輩とお晝をご一緒することになるだろうと踏んだのだ」

言って神原は、包帯の左腕で持っていた、風呂敷包みを僕に示す。……うん、最初から気付

いてはいたんだけれど、その縦に長い直方體の形は、明らかに重箱かなんかなんだよな……。

更に重っ……。

重箱だけに、重ねて重っ……!

晝時になることくらいは僕もわかっていたから、用事を済ませたら、先輩としてファースト

はねかわ

けいたい

いなか

ふろしき

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フードくらいご馳走してやろうかと思っていたのだが、この後輩はそんな生易しい次元では物

事を考えていなかった。

手作り弁當と來たか……。

予想外の攻めだ。

「敬愛する阿良々木先輩とデートということだったから、楽しみで楽しみで、あまり眠れな

かった上に早く眼が覚めてしまったからな、いい手遊びになったものだが」

「はあ……手遊びねえ。でも、それ、全部弁當なのか? 結構な量だな……言っとくけど、

僕、そんなに食べられないぞ」

「基本的には半分ずつだが、何、阿良々木先輩が食べられない分は私が食べればいい話だ。私

は食べ物を粗末にする行為が嫌いだからな、その辺りはちゃんと計算して作ってある」

「ふうん……」

僕は丸出しの、神原のへその辺りを見る。

體脂肪率十パーあるかないか、くらいか?

蟬[#表示不能に付き置換え「蟲+果」、第4水準2-87-59]贏[#表示不能に付き置換え

「贏」の「貝」にかえて「蟲」、第4水準2-87-91]少女[#「すがる乙女=蜂のように腰がく

びれた娘」]って感じ。

するががすがる。

なんか回文っぽいな……。

なってないけど。

「お前って、神原、ひょっとして、いくら食べても太らないってタイプ?」


「うーん。というか、むしろ必死になって食べないとガンガン痩せていくタイプだな」

「そんなタイプがあるのか!?」

それって女子の間じゃ相當羨ましがられるだろう……というより、男子の僕でも羨ましい

ぞ、そんな體質!

「一體どうすればそんな體質になれるんだ?」

「簡単だ。まず毎朝十キロダッシュを2セット」

「わかったもういい」

そうだった。

こいつは基本的な運動量が違うのだ。

どうやら神原駿河、バスケットボール部引退後も、自主トレは欠かしていないということら

しい。立派なものだ。まあ、左腕の怪我なんて言ったところで、その真実は全く違うところに

あるのだから、それは當然、そうだろうが。

ちそう

てすさ

そまつ

たいしぼうりつ

すがるおとめ



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「はあ」

そこで神原は、大仰にため息をついた。

「でも、それもこれも、全部無駄だったのだな……なんだ、デートではなかったのか。とても

楽しみにしていたのに

。一人ではしゃいでしまって、まるで馬鹿みたいだ。赤っ恥とはこのこ

とだ。身に余る夢を見てしまった。高貴な阿良々木先輩が愚かなる私ごときとデートしてくれ

るはずがないことくらい、考えたらわかりそうなものなのに、思い上がりも甚だしい……。私

の勝手な勘違いで迷惑をかけてしまって、申し訳なかった。じゃあ、攜帯電話と重箱は、荷物

になるから、その辺に捨てていこう。阿良々木先輩、ちょっと待っててくれ、すぐにジャージ

に著替えてくるから」

「デートでした!」

僕の負け。

弱っ……。

「今日はお前とデートでした! 神原! 今思い出した、ああ、僕もまた、とてもとても楽し

みにしていたんだ! やったあ、憧れの神原さんとデートだ! ほら、な! だから攜帯と重

箱はそのまま持っていろ! 著替えて來なくてもいい!」

「本當か?」

ぱあっと表情を輝かせる神原。

やべえ、超可愛い。

「嬉しいぞ。阿良々木先輩はとても優しいな」

「ああ……この優し