第26章



くさ

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泣いていた。

度胸があるなんてとんでもない。

むしろ、デリケート過ぎるくらいだ。

「蛇を殺せば蛇の呪いが解けるという解釈じゃなくてね、ここでは、蛇をぶつ切りにすれば―

―というところが肝要なんだよ、阿良々木くん。この場合、蛇は縄のメタファーだ。蛇切縄―

―縄だよ。どれほど強く緊縛されていても、その縄自體を切ってしまえば、解放される」

「緊縛――」

緊縛痕。

蛇によって――縛られている。

縄……か。

「蛇に咬まれて朽ち縄に怖ずという言葉があるけど、この場合、蛇と縄はイコールなんだね。

蛇、切る、縄、で、蛇切縄だ。縄は切れるからこそ縄なんだよね」

「……でも忍野。じゃあ、おかしいじゃないか。忍野、千石はもう、十匹以上、あの神社で蛇

を殺してるって言ってたぞ? それなのに、呪いが解けるどころか――」

むしろ狀況は悪化した――と。

殺せば殺すほど、蛇の鱗は、つま先から上に、速度をあげて、巻き上がってくるかのように

登ってきたと――そう言っていた。それは、確実に、呪いが進行している証だろう。

「だから、僕はいつも言ってるじゃん。手順が必要なんだよ――そういうことには。妹的存在

のお嬢ちゃんもまた、素人も素人のど素人――なんでしょ? 基本的に呪いを解くのは呪いを

掛けるより難しいんだから、生半可な知識でやったら、狀況が悪化するのは當然だよ。蛇に憑

かれているときに蛇を殺したら、そりゃ蛇だって怒っちゃうさ。それは阿良々木くんの言う通

りだ」

「…………」

「でも、話している內に、同じくど素人の女子中學生が掛けたはずの呪いが上首尾に終わって

る理由の方は、わかったよ。最初は、女の色戀の恨みは恐ろしいからかなあなんて漠然と思っ

たけど、ちょっと違ったみたいだね。運悪く――だよ」

「どういうことだ?」

「多分、そのお嬢ちゃんは、呪いが発動するよりも先に、呪いを掛けられた事実を、知っ

ちゃったんだろうね。犯人がはっきりしているところから予測するに、本人から直接、その事

実を聞かされたんだろうな。『あんたに呪いを掛けてやったわ』とか、なんとかさ。それで動

揺しちゃって、本屋さんでお祓いの方法を調べて、蛇をぶつ切りにするために――蛇が多く生

息していると言われる山に入った。神社は偶然見つけたって感じかな……まあ、あらかじめ

? ? ? ?

く お

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

? ? ? ? ?


せい

そく

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知ってたのかもしれないけどさ。で、お嬢ちゃんはせっせと、蛇殺しに勤しんだわけだ」

「それのどこに、『運悪く』の要素があるんだ?」

「場所だよ。エアポケットの吹き溜まり――って言っただろう?」

「あ」

よくないものが――集まっている。

忍の存在によって活性化された、よくないものが。

「それが――呪いを強めたのか」

「強めたというか、あの場所じゃなかったら、発動さえしなかったろうね。阿良々木くんや百

合っ子ちゃんとは違って、お嬢ちゃん、肉體自體はただの人間のはずだから――體調を崩した

りはしなかったろうけど、よくないものの影響は、蛇切縄の方にしっかりと現れていたという

わけさ」

抵抗力も――耐性もない。

ど素人。

「自分から傷を深くしたようなもんだな」

「自分で傷をつけたようなものさ。殘酷な言い方になっちゃうけどね。何もしなきゃ、恐らく

は何も起こらなかったのに。つーか、その『蛇の呪い全集』って本自體が、そもそもいい加減

な記述だったのかもしれないな。読んでない本を悪く言うのは、控えたいところだけど、その

可能性は高いと思う。その上でそんな場所で、素人判斷の解呪の儀式を行なっちゃったわけ

だ。そこでも、よくないものは、よくない方向に、作用しただろうね」

「泥沼じゃねえか」

「泥沼だよ」

運悪くというか。

ついてないにも――ほどがある。

「まあ、すんでのところで阿良々木くんと再會したっていうのは、不幸中の幸いなのかもしれ

ないな――阿良々木くんは當然、その子をなんとかしてあげるつもりなんだろう?」

「……悪いかよ」

「別に悪くはないさ。義を見てせざるは勇なきなりだもんね。でも、僕あたりにゃちょっとわ

からないかな。可哀想だって思うのはわかるけれど、どうしてそこまで親身になってあげるん

だい? 妹さんの昔の友達だから? それとも苗字の『千石』が、戀人である『戦場ヶ原』

ちゃんを連想させるからなのかな?」

「あん? ああ、戦國な。なるほど。でも、そんなこと、考えもしなかったよ。今言われて初

めて気付いたさ。別に――あんなあからさまに困ってるんだ。何かしてやりたくなるのは――

いそ

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

? ? ? ? ? ?


? ? ? ? ? ?

ざんこく

ひか

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當然だろ」

「いい人だね」

忍野は言った。

嫌な感じだ。

「江戸時代中期に纏められた本に、『蛇呪集』ってのがあってね――蛇についての怪異だけを

集めた、異本なんだけど。蛇切縄は、書物においてはそこで初めて、登場する。絵つきでね」

「絵? どんな絵だ?」

「一人の男が大蛇に巻きつかれている絵だよ。尻尾の方は荒縄のデザインになっていて、蛇の

頭は――男の口の中に這入っている。男の顎は、限界まで開かれちゃって、まるで蛇――って

感じの絵。蛇は鶏くらい、丸呑みにしちゃうからねえ」

「巻きつかれて――」

「巻き憑かれて」

「…………」

「つまり、阿良々木くん。そのお嬢ちゃんの身體には――今現在もなお、そんな大蛇が巻き憑

いているということなんだよ。巻き憑いて、お嬢ちゃんを締め上げているんだ。きつく――容

赦なくね」

「いや……痛みはないって言ってたぞ」

「そんなの、噓に決まってるだろう。我慢しているんだよ。信頼が大事だって、これもいつも

僕が言っていることだろう? 無口な子を相手にするときは、こっちが心を読んでやらないと

駄目じゃないか。相手

の眼を見て――さ」

「眼を――見て」

そう言えば、神原は、千石が痛みはないと言ったとき、何か言いたげにしていたようだが…

…そういうことだったのか。言うべきことははっきり言うが――言いたいだけのことは、口が

裂けても言わない。神原らしいと言えば、とても神原らしいが。

「蛇は、獲物を食べる際、まず相手にぐるぐるに巻きついて、獲物の骨を粉砕し、食べやすく

してから飲み込む習性があるからね。巻きついたら、そう簡単には離れないよ」

「そっか……そうだよな、怪異だから服とかは無視できるんだな」

肌にだけ痕跡があり、ブルマーはともかく、服の脫ぎ著は自由にできるようだったから、自

然、怪異が今も千石の身體に巻き憑いているという発想は持たなかったけれど、そうか、それ

は――見えなかっただけか。

「縄――だったな。緊縛――だっけ。じゃあ、身體中にあるあの鱗の痕は、痕と言うよりは―