第25章

を読んでいたのさ、その子。それを見て、阿良々木くんは、その子に

何かがあるって確信したようだけれど」

「ああ……いや、まあ、そのまんまなんだけどさ。『蛇の呪い全集』って、一萬二千円のハー

かんじょう

せっぱ

? ? ? ? ? ? ? ? ?

まがまが

けっせい

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のろ

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ドカバーだよ」

「……タイトルからすると、最近の本だね。戦前とか江戸とかって感じじゃない」

「まあな。表紙も真新しかったし」

ただし、そのタイトルは――前日に見た、五等分にぶつ切りにされた蛇の死體を連想させる

には、十分だった。そもそもそれ以前に、日曜日に蛇の死體を見た段階で、直前に階段ですれ

違った千石に、ある程度の疑いは向けていたのだが……その疑いが確信に変わったのは、その

本のタイトルを見た瞬間だった。

長袖、長ズボン。

ただし、千石のあの長ズボンは――山の中に這入るからというよりは、腳にくっきり刻まれ

た、蛇の鱗の痕を見られないようにするためだったのかもしれない。

いや、確実にそうだろう。

こんな身體。

こんな身體、嫌だ――と。

神原には、きっと、千石の気持ちがよくわかるだろう。あいつの左腕の包帯もまた、猿の腕

を隠すために巻いているのだ。咬まれた跡を隠すための僕の襟足などとは、考えてみればレベ

ルが違う。そう言えば、神原も、包帯の下の左腕を僕に見せるとき、人に見られたくないから

と僕を自分の家に招いたのだった。

そういう意味では、似た境遇の二人。

あの二人。

今、どんな話を――しているだろう。

…………。

口説いてないだろうな、あの百合っ子。

信用してるぞ……信用してるからな……。

「その本がどういう本なのか、僕は寡聞にして知らないけど……でもまあ、きっとその本に、

蛇切縄のことは載っているんだろうね。蛇神遣いと言えば、『蛇の呪い』としちゃ、代表例み

たいなもんだし――」

「蛇神遣いってのは、犬神遣いみたいなもんなのか?」

「まあ、そうだ。自然発生的な怪異じゃなくて――明白な、あるいは明確な、人の悪意によっ

て遣わされた怪異ってわけさ。……まあ、悪意とは限らないけどさ。でも、蛇切縄を遣わすと


なったら、こりゃ、悪意としか思えない」

「ああ……僕も、それは聞いたよ」

「うん? そうなの?」

かぶん

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「まあ、そうなんだ」

千石は、名前は明かさなかった。

あいつの引っ込み思案な態度は、強く質問するのを許さない雰囲気があるので、僕が訊きき

れなかったというのもあるが――とにかく、頑なに、千石は、名前を明かさなかった。

犯人の名前を。

ただし――同級生だということは教えてくれた。

クラスメイトの――友達らしい。

そんな呪いをかけられてしまった今となっては、友達だったらしい、と過去形で言うべきな

のだと、僕は思うけれど。

「まあ、中學生のお呪いみたいなもので――どうやら、そういうのがはやってるらしいんだ

よ。オカルト関係の、ちょっと深いところに入ったお呪い……勿論そんなの、ほとんどが空振

りなんだろうけど、運悪く、千石は當たりを引いちまったって感じなんだろうな」

「運悪く――ね」

意味深に、忍野は言う。

「お呪いで、呪い、か。まあ字は一緒だしね。しかし阿良々木くん、その話じゃ、仕掛けた方

は素人も素人、ど素人の中學生ということになりかねないんだけど……蛇切縄は素人に扱える

ような怪異じゃないはずだよ」

「下手な鉄砲も數撃ちゃあたるじゃねえけど、まぐれってこともあるだろ」

「あるかなあ。うーん。そもそも、なんでそのクラスメイトのお友達は、お嬢ちゃんに呪いを

かけようとしたんだい?」

「途切れ途切れの言葉から推測するに、どうも色戀沙汰らしいぜ。惚れた腫れたの話だよ。そ

の友達が好きだった男の子が、千石に告って、千石がそれをそうとは知らずに、振っちゃった

――それで逆恨みされて、みたいな話」

「ふうん。ありがちだね」

「まあ、中學生の色戀だしな」

高校三年生まで女の子と付き合ったことのなかった僕がそんな風に言っても、いまいち説得

力はないだろうけれど。

「でも、知らずに付き合っちゃったってんならともかく、知らずに振っちゃったってんなら、

別に問題ないように思えるよね」

「その辺は情緒の問題になっちゃうからな。推理するに、自分が好きな男の子を振るなんて、

自分の大切なものをぞんざいに扱われたみたいで業腹だったんじゃないのか?」

まるで僕が自分でそう解釈したみたいに言っているけれど、これは神原の推理である。中學

かたく

まじな

ざた ほ は


ごうはら

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生の女の子の心理など、僕にわかるわけもない。神原がそう思うなら、そうなのだろうと、な

んとなく思うだけだ。

「ふうん。ま、理由なんかどうでもいいか。人が人を憎むのに理由はいらないよね。それで仲

違いの末、呪い――か。全く、友情って果敢ないなあ。だから僕は友達を作らないんだよ」

「……そうか」

突っ込みたい台詞だけどなあ。

こういうところにいちいち突っ込んでたら、忍野との會話は夜が明けても終わらないし……

ここは我慢の子だ。いつまでもあの二人を待たせっぱなしにしておくわけにはいかないから

な。

「『蛇の呪い全集』を読んでいたのは、呪いを解く方法を調べてたんだってさ。今日初めてあ

の本を読んだんじゃなく、ずっと前から、何度も何度も、毎日のように読んで、読み続けて、

確認しながら――解呪の儀式というのかお祓いというのか、憑き物落としというのか、そうい

うのを、一人で、おこなっていたらしい」

それが。

あの、蛇のぶつ切り――だという。

儀式めいた――どころか、儀式そのものだったわけだ。彫刻刀を使うなんて猟奇的な、と僕

は最初思ったけれど、あれはただ単に、それ以外の刃物を、千石は持っていなかったというこ

とのようだ。中學生女子ということを考えれば、案外、一番身近な刃物なのかもしれない。

「蛇を殺せば蛇の呪いが解ける――なんて、噓臭い話だけどな。実際、そうやって蛇殺しを始

めてから、むしろ狀況は悪化し

たって言ってたし――」

「いや、阿良々木くん。蛇のぶつ切りは、蛇切縄の撃退法としちゃ、間違っていないよ。とい

うか、正法だね。多分、その『蛇の呪い全集』とやらに、蛇切縄とセットで載ってたんじゃな

いかな。……しかし、一人で蛇を捕まえて殺すなんて、なかなか度胸のあるお嬢ちゃんじゃな

いか。素敵だね。物靜かだとか言葉少なだとか、阿良々木くんはそんな風に形容したけれど、

その行為を見ている限り、とてもそうは思えないよ」

「まあ、この辺、なんだかんだ言って田舎だからな。蛇くらい、手でつかめる女の子がいても

不思議じゃないさ」

「シティーボーイの僕には信じられない話だねえ」

「お前のどの辺がシティーボーイなんだ」

まあ。

千石の場合、それくらいまで呪い――蛇切縄に追い詰められていたのだと、そういう風に見

るのが正しいのかもしれないが。

にく なか

たが はか

はら

りょう