第30章

後、僕は堂々と、

外に出た。妹達は怪しんではいるようだったが(特に下の妹。いい勘をしている)、最後は強

引に振り切って、打ち合わせた位置で、合流。遅くまでやっている雑貨屋(コンビニにあら

ず)で、必要器具を購入し(何分突然の流れで、神原も千石もお金をあまり持っていなかった

ので、全額、僕が支払った)、それから、例の山へと向かった。全員徒歩である。

「千石」

「あ、何……暦お兄ちゃん」

びくっと反応する千石。

怒られると思ったのかもしれない。

硝子細工のようにデリケートな奴だ。

「お前、本當は、その痕――痛いんだってな。大丈夫なのか?」

「あ……」

千石の顏が、さっと真っ青になった。

「そ、その……怒らないで、暦お兄ちゃん」

「……いや、責めてるわけじゃないんだが」

ガラス

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噓をついたことを叱られるとでも思ったのだろうか。気が弱いというか、被害者意識が強い

というか……漫畫やなんかでそういうキャラクターを見るたび、ああ、こういう奴が現実にい

たらさぞかし鬱陶しいんだろうなあと思っていたが、こうしてみると、結構、まんざらでもな

いな……。僕がいい人かどうとかいう以前の段階で、素直に保護欲を刺激される。まあ、かな

り年下の子供相手だからというのも、あるのだろう。

「大丈夫なのかって、思って」

「そ、その」

ぎゅっと、帽子を深く被り直す千石だった。

顏を隠すように。

見られたくないかのように。

「締め付けられるようで、痛いけど……我慢できないほどじゃないよ」

骨を砕いて――食べやすくする。

蛇の習性。

「……我慢しなきゃいけないのが、そもそもおかしいんだよ。痛いときは痛いで――いいん

だ」

「その通りだぞ」

神原が橫から口を挾んできた。

「縛られるだけならまだしも、縛られっぱなしというのは、存外、肉體的にはきついものだ。

蛇だろうが縄だろうがな」

「縛られるだけがまだしもになる理由も、暗に精神的なきつさを除外した理由も、僕にはわか

らねえよ、神原」

後悔が全く活かされていない。

千石はそんなやり取りに、忍び笑い。

気が弱い割に、案外笑い上戸なのかもしれない。もしそうなのだとすれば、神原でさえあの

有様だったのだ、千石の前で十三星座の話題は絶対にタブーだな、と僕は思った。笑い死にし

てしまうかもしれない。

山に入る前に、雑貨屋で買ってきた蟲除けスプレーを、お互いの身體に掛け合う。時間は真

夜中、目下の敵は、怪異よりも先に、まずは蟲だった。一応、全員、長袖長ズボンの完全防備

ではあるが、僕と神原は念のため、千石に関しては後々のため、だ。

作業を終えて、山に入る。

當たり前だが、真っ暗だ。


三人三様に、同じく雑貨屋で購入した懐中電燈で前を照らしながら、階段を昇った。野生の

しか



かいちゅう

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動物や蟲の聲がやけにうるさい。晝間はそんなことなかったのに、ちょっとした探検冒険気分

だ。ジャングルに迷い込んでしまったような錯覚がある。

「そういや、千石」

「何?」

「一個気になったんだけど、なんでその男の子からの告白、斷ったんだ? お前はその男の子

が、友達の想い人だってことを、全然知らなかったんだろう? だったら斷る理由なんて、な

かったと思うんだけど」

「それは……」

黙り込んでしまう。

この程度の質問で黙り込んでしまうメンタルの持ち主が、他人からの告白を斷れる理由が、

だとすると益々分からないのだが……。

「ご、ごめんなさい」

謝られた。

意味もなく。

「いや、謝ってもらうようなことじゃないけど……」

「あ、そ、そうだよね。ご、ごめんなさい。撫子は……その、……ごめんなさい」

一つの鍵括弧の中で二回謝られた。

合計三回。

謝られ過ぎだ。

「千石、そうじゃなくて……」

「阿良々木先輩。その質問はいささかデリカシーに欠けるな。阿良々木先輩らしくもない。気

遣いが足りないぞ」

「あ……そうか?」

「そうだぞ。斷る理由なんて幾らでもある。そもそも、好きでもない人と付き合う理由なんて

あるものか」

「ううん……」

まともな意見だ。

神原からまともな意見が出ると驚いてしまう自分に気付いてしまった。

「私だって、阿良々木先輩が好きだからこそ……」

「付き合ってねえだろうが!」

「え……そうなの? 暦お兄ちゃん」

千石が、とても意外そうに、反応した。

かぎかっこ

いく

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「神原さんと付き合ってるんじゃないの?」

「違う!」

「そ、そうなんだ……、仲良さそうだったから……てっきり付き合ってるんだと思ってた」

「仲がいいのは、まあ、認める」

八九寺とどっちが仲良しかって感じだ。

まあ、八九寺と違って神原は、そうは言っても決して僕の悪口は言わないからな……、そう

いう意味で、頭一つ抜けているのは、神原の方なのかもしれない。

……実際に付き合っている相手である戦場ヶ原は、僕の悪口しか言わないんだけど……。

「神原。お前からもちゃんと否定してやれ」

「うむ。確かに付き合ってはいない」

千石に対して、神原は説明口調で言う。

「私と阿良々木先輩はあくまでも仲良く遊んでいるだけだ――まあつまり、遊びの関係だな」

「その言い方には大いなる語弊があるな!」

「何かあっても事故で済むほど仲がいい」

「あるのは語弊じゃなくて悪意だったのか!? お前なんか大嫌いだよ!」

「あ。今のはちょっと傷ついたぞ」

「う……あ、ごめん。大好きです」

僕には何を言われても嬉しいとか言っていた癖に、扱いの難しい奴だ。

というかここで謝る僕が弱い。

「そっか……付き合ってないんだ」

僕と神原のやり取りをかたわらに、千石はそんな風に、どうしてなのか安心したようにひと

りごちてから、

「斷ったのは、他に好きな人がいるからだよ」

と、教えてくれた。

照れているっぽい口調が、初々しい。

「でも……その友達には誤解されちゃったみたいで……こんなことに

なっちゃって……な、撫

子が悪かったのかな……」

「自分を責めるような問題じゃないよ。そもそも、本來なら、ここまでなるような事態じゃな

かったんだろうけどな――あの神社の所為で」

あの場の所為で。

「そう言えば、神原。多分、お前、また気分悪くなると思うんだけど……お劄の効果って、そ

んな即効性のあるものじゃないらしいし」

ごへい

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「構わない。最初からそうと分かっていれば、覚悟の決めようもあるのだ」

「そっか」

體育會系。

見事な根性論だ。

普通、そんな非科學的なことをと、否定したくなるところだが、言っているのが神原だか

ら、なんとなく信用できてしまう。こいつはその根性とそれに見合った努力だけで、運動神経

の鈍い少女から、全國區のバスケットボール選手にまで上りつめた恐るべき女だからな。

「暦お兄ちゃん。昔のこと、どれくらい、覚えてる?」

「あー……いや、正直、あんまり。僕、記憶力のいい方じゃないからさ」

「そうなんだ……」

千石はあからさまに殘