第32章

おさら

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「おう」

「暦お兄ちゃん……ちゃんと見ててね」

「任せとけ」

「撫子のこと……ちゃんと見ててね」

「……ああ、任せとけ」

どの道――見るくらいしか、できない。

ここから先は、正直、千石次第だ。

結局――何がどうであれ。

助かる奴は、一人で勝手に助かるだけ――なのだ。

僕は結界から外に出て、蚊取り線香の設置を終えた神原と並んで、少し離れた位置から回り

込むように、千石の正面に移動する。

「じゃ……」

と。

千石は既に目を閉じていた。

両手をぎゅっと――胸の前で握り締めている。

儀式は、既に、始まっていた。

どれくらい時間がかかるのかは、忍野もわからないと言っていた――最悪、一晩覚悟してお

けと言っていた。僕と神原はともかく、千石の精神がそんなに持つかどうかはわからないが、

こればっかりは、やってみるしかないだろう。ぶっつけ本番でしかできないことなのだ。

懐中電燈の光が。

四方から、靜かに――彼女を照らす。

「なあ――阿良々木先輩」

隣から、神原が僕に向けて、話しかけてきた。その聲は、聞き漏らしてしまうほどに小さ

い。結界內で集中している千石に対する気遣いなのだろうが、しかしそれなら、もう喋らない

方がいいくらいの狀況だと思うのだが。

「なんだよ。ここから先は楽しい會話は禁止だぞ」

儀式の最中、千石に笑い出されても敵わない。

そんなことになっては台無しである。

「わかっているのだが……しかし、阿良々木先輩。ここに來て私は、少し不思議に思ったこと

があるのだ」

「なんだ?」

「千石ちゃんが一人で健気に行なっていた蛇殺し。あっちの方はどうなったのだ?」

しゃべ

けなげ

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「健気な蛇殺しというのもすごい語感だが……ああ、あれか。蛇のぶつ切り」

「うん。こんなしち面倒な儀式をせずとも、そちらを、ちゃんとした手順で行なうのが正しい

作法だったのではないのか?」


「そりゃそうなんだけど……僕もそう言ったんだけど、そっちの方が、むしろ手間らしいんだ

よ。忍野が言うにはな。というのも、蛇のぶつ切りで大事なのは、むしろ場所らしくて」

「場所……ここにはよくないものが集まるから……」

「いや、この場所は確かに最悪過ぎるんだが、だからといって、ここでなければどこでもい

いってわけじゃないんだとさ。詳しく聞く時間はなかったけど、東北の蛇でないと、効果が薄

いとか、なんとか」

「地域差か」

「地域差だ。怪異では重要だろ」

人口に膾炙しなければ――だ。

千石は、蛇が出るということでこの山を選んだわけだが、しかし、そもそも、儀式のために

は、山と蛇を、もっときちんと選別しなければならなかった――そうだ。もっとも、そんなこ

とを言い始めてしまえば、千石撫子の場合は、最初から何もしなければ、それが一番よかった

のだが。

よりによってこの吹き溜まりを。

よくないものの、集う場所。

とはいえ、皮肉にも今となっては――僕達は、そのよくないものを、怪異祓いの味方につけ

なければ、ならないのだ。

「なるほど、合點いった。しかし、忍野さんも、怪異祓いのお守りとは、隨分と便利な代物を

持っていたものだな」

「少し突っ込んで聞いてみりゃ、それほど便利なもんでもないらしいんだけどな。このような

ケースでもないと使えないらしいし」

人間から遣わされた怪異だからこそ――だ。

それに、蛇だからこそ。

「反則手は反則手ということか」

「外法は外法って言ってたよ」

「まあ、千石ちゃんが助かるのなら、それでいいがな……しかし、阿良々木先輩は本當に、手

當たり次第、人助けを行なうのだな」

誰にでも優しい。

誰にでも優しい――無責任。

? ? ? ? ? ?

? ? ? ? ? ?

? ? ? ? ? ?

げほう

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「……手當たり次第ってほどじゃないにせよ、まあ、できる限りは、な。知り合いとなった

ら、そりゃ、尚更だし」

「戦場ヶ原先輩はそんな阿良々木先輩のことを好きなんだと思うし、そういうところが阿良々

木先輩の魅力なのだと私も思う。今では私は、私はそんな阿良々木先輩が、戦場ヶ原先輩の彼

氏でよかったと思っている。でも、願わくば」

神原は言った。

「もしも――それでも誰か一人を選ばなくてはならない狀況が訪れれば、そのときは迷わず、

戦場ヶ原先輩を選んであげて欲しいな」

「…………」

「自分を犠牲にするのは、阿良々木先輩の自由だけれど、戦場ヶ原先輩のことは、大事にして

あげて欲しい。……まあ、本當は、私にこんなことを言う資格はないのだろうけれどな」

神原の左腕は。

かつて、僕を殺そうとした。


使役されて――ではなく。

確固たる意志を持った、怪異として。

「神原……僕はお前に、それをいう資格は、あると思うよ。むしろそれは、お前だからこそ―

―言えることだろう」

「……なら、いいのだが」

「お前が、僕が戦場ヶ原の彼氏でよかったと思ってくれるのと同じくらい、僕はお前が戦場ヶ

原の後輩でよかったと思っているよ」

「そう言ってくれると――本當に救われる。あ……阿良々木先輩」

あれ、と神原は、正面を指さした。

一心不亂に何かに祈る、千石の身體を、指さした。

見ると。

千石の身體の、スクール水著に覆われていない部分から覗く鱗の痕跡が――びっちりと、

くっきりと刻まれていた痕が、徐々に――薄らいでいた。一晩覚悟しておけと忍野は言ってい

たが、まだ十分も経っていない。

なるほど――強力だ。

そして、順調だ。

首元から、鱗痕が――消えていく。

鎖骨から、鱗痕が――消えていく。

蛇切縄が、千石から、離れていく。

しえき

のぞ

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「滯りなく――進みそうだな」

「うん」

「よかった」

裏目以外を

引かない男とまで言われたこの僕が同席していながら、この具合は、正直言って

意外な展開とも言えたが、とにかく、よかった。これであとは、あと一分ほど、千石自身が気

を緩めなければ――

「しかし――、そうは言っても、蛇祓いをおこなって、これで終わりというわけじゃないんだ

よな」

僕は言った。

それこそ、千石のテンションが下がってはいけないので、そういうことは、敢えて事前には

言わなかったけれど。

「少なくとも、その友達との人間関係は、修復不能だろう」

「まあ……そうかもしれない」

神原も、そこでは頷く。

「そこで許せるような人はなかなかいない。いないだろう。……そもそも、千石ちゃんが修復

を望んでいるとも思えないし、向こうに修復する気があるとも限るまい」

「人間関係の破綻――か」

怪異よりも人間の方が怖い。

なんて、そんなありふれた台詞を、わざわざ改まって口にする気はないけれど。

「色戀沙汰は怖いな。……しかし、千石の好きな相手って誰なんだろう。あんな可愛らしい子

に惚れられるなんて、ちょっと妬けるぜ」

まあ、これがラブコメチックな漫畫だったりしたら、千石の想い人というのが実はこの僕

だったりするのだろうが、さすが